(毎月発行の『連絡紙』より)


●平成20年7月号

鬼に会う旅は奈良だった。奈良は鬼の発祥地で、住井すゑの大作「橋のない川」の舞台である。橋のない川は今も強く残っている差別問題を扱っている小説である。
 この国の歴史観は綺麗な事のみ積み重ねて来たというが決してそうではない。
人間は不合理の塊である。その不合理を正面から見ればおぞましさだけしかない。それが人間である。だからどんなに素晴らしい国であろうとしても人間の集団である国家には恥ずかしいおぞましい行為がついて回る。恥ずかしさおぞましさが個人を昂めるのと同じで、国の恥ずかしいおぞましい部分ははっきり提示すべきであるだが学校の歴史教育はそうではない。過去に間違いをおかしてない立派な我が国しか教えないー無謬からしか愛国心が育たないと思うのは国民を馬鹿にした考えであるがー。日本にも差別はれきとしてあり続けそれが有史以来続いて来ている。学校では明確に教えないがこの差別の対象は、これも学校では明確に教えないが奴隷という立場とか社会の枠外という世界におかれて来た人々であるー江戸時代でも身分は士農工商しかなく、その下にいた差別民の事は教えられなかった。
 差別され苛められてきた人々は鬼と呼ばれ続けた。角の生えているオニは地獄と共に平安時代の僧侶が作り出した虚構である。だが我が国の鬼つまり差別されて来た人々は全く謂れもないのに、汚(オ)人であり汚心とされた。鬼は関西で「ガゴゼ」とも呼ばれる。ガゴゼとは元興寺の訛り言葉であり、その元興寺は奈良市に今もある。つまり元興寺から鬼は生まれた。元興寺は大化の改新の後に没落した蘇我氏の寺である。つまり鬼は蘇我氏を没落させた藤原氏が作り出した。それ以前に存在した奴隷と共に鬼が生まれた。奈良時代成立の前から鬼は藤原氏によって誕生させられ、そして誕生以後現代に至るまで謂れのない差別を受けいじめられて来た。
 水平社という団体があった。大正十一年発足の部落開放を目指した団体である。明治政府は鬼の住む区域を特殊部落と呼んだ。部落開放とは鬼の解放つまり特殊部落差別解消の団体なのである。水平社は第二次大戦末期に消滅した。
 水平社の発足宣言が凄い。『人間を外見や家柄で見るのは間違いで、一人一人の個性をもってみるべき』『人間共通の原理は人権を認める事であって、人権を認める事は互いに尊敬する気持ちがあって成り立つ』という。
 尊敬するには、自分への誇りがなければならない。同情や憐れみからは何も生まれないとも言う。これは同情や憐れみを優しさとする現代への猛烈な批判でもある。
 宗教界では親鸞が人間と見なされないこのような人達を対象に阿弥陀の慈悲という言葉を使って布教した。親鸞は、死は誰にでも平等に訪れる慈悲であり、お前達は悟る修行が出来ない非人間の扱いをされてるのだから慈悲を授ける仏の名を唱えよと説いた。それが「南無阿弥陀仏」という念仏なのである。なのに現代では「一向に構わん」と都合よく解釈して、悟りへの時間を作ろうとしない。そして親鸞の教えもまた二百五十年後には蓮如によって曲げられる・・・親鸞も水平社も、人間共通の原理は人権にありと喝破した。だが、どちらも変質し真意は消滅した。さほどに人権とその根本の誇りある自分は立場や比較で消滅されやすい。
つまり個人という意識は消滅しやすいのである。だが消滅したら自分の体や神経が狂って反抗をする。消滅させられない物だ。覚めて見て差別は現代のいじめ問題と同じで、する側にもされる側にも精神の偏りがある。誇りある自分は健全な個性の確立にあり個性の確立は修行による。個性の確立を目指さぬ修行はおんたけ山では一切認めない・・・その正しさを奈良で思った。


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