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歴史の旅に行ってきた。今年は福島県会津地方だった。同級生との旅行だった。
初日に目的の山中に分け入った。少しの時間だが山登りをした。皆さんの足が速くて筆者は大分遅れたが、目的のちゅうふくに至った。風邪気味のせいもあったのだろうが、とにかく苦戦した。
皆同じ学年できたわけだし、筆者がその中で一番遅い生まれだったはずなのだが、一番遅く登るてゃ…早ければよいわけではないが少なくとも一行の中で一番若かったのだ…ともかくようやく皆においつけたと思ったら、来た道を引き返すこととなった。
脚力が必要なのは、下山りにおいてなのである…そこまではどうやら遅れずに済んだが、どうにも衰えすぎている…そんな自分に驚いた山登りだった。
下山?してからは近くの神社に詣でた。旧社格を言えば弥彦神社に該当する神社だが、平日なのに、参詣者は多かった。
その神社から旅館に向かった。民宿旅館なのだが、坂下町にあった。町中の旅館であえてそこから外出される方もなく、翌朝を迎えた。
令和八年も四月となり、新しい立場が始まった人や新たな友達を得て、にぎやかになった人が多いだろう。ヒトとの交流は人為だけでなく、ある種の運命を伴っている場合も多いようだ。
その「ある種の運命」を不自由のために無視したり自ら煩わしくなって切り捨ててみたり…私たちは、どうにも勝手に、生きやすさを選んで優先し、生きにくさを見捨ててしまう事を優先しやすいようになっている。
人生を七十五年間近く生きて来て、振り返ると、生きにくい人との出会いを切り捨てるか、あるいはぎくしゃくしながらも持ち続けるか…で、人生の豊かさにおいて大きな差が付いてしまう…とは言えるような気がする。なんでも辛抱していれば、後の時間に満たされることが待っているわけではないが…事ほ程左様に、自分の生きにくさを自ら捨てて気軽に前進される方は多い気がする。
人生は自らが切り盛りして過ぎてゆく…不本意だから悪いとばかりは言えないし、思いのままになってるから幸せ…とばかりも言えない。
どうしても通らねばならない事件とか不本意とかが待っていて、人生が大きく不自由におもわせられてしまう。でもその不自由な出来事の門を通り、揉みくちゃになってそして解決して次の事件に遭遇する…それがいわゆる人生であって不本意で苦しむ時間はそれぞれで違う内容であるが、誰でも通らねばならない成長への大事な刺激である、とは言える。
この成長への刺激こそ、実は人生の最大の宝物、といえるだろう。
そしてこの人生最大の処理の仕方はそれぞれで違う。例えば金銭で処理する人もいれば、その金額も大小の差はそれぞれ相当に違う。処理できたとして、高額な金額を要する場合と少額で済ませる場合とがあるし、高額の処理費が必要だとしても、それが人生を決定づけるものになるとは限らない。寧ろ低額な処理の方が価値ある場合もある。
ことほど左様に、人が物事を処理して進むのには、どうしても痛みが伴うのだ。加えて大きな痛みは大きな智となり。小さな痛みは小さな智になる…のでもない様だ。
要するにどこまで切なさがわが身に食い込んだか、そして正常に処理出来て痛みでなくなったか…そこが問題なのである。
筆者は水行を三十年続けてきたが、今になってみると滝打たれに臨んでパニックを起こすことは少なくなっている。でもやっぱり水行hできたら避けたい…と思う。
だが水行を避けることが出来たとした場合、どうしても水に打たれねばならなくなった時、へいぜんと対応はできないだろう、と思う。そのために水に打たれているわけではない。嫌な出来事に臨んで逃げを打たないでいたいだけなのだ。「良し、わかった」と堂々と水の前に進み出る自分でありたいだけなのだ。
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